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認知症は何もわからなくなるから、幸せなのか。 

認知症の家族や利用者と 
真っ向から向かい合っている人は 

この答えには 首をブンブン振って NO!! と
思いますよね

でも 中にはこう思う人も いるみたい・・・

今日はそんなお話 

かんなが 担当するリハビリの患者さん

脳卒中後の 片麻痺の人が多いです

脳卒中で 認知面が落ちてしまう人もいますが

うちの病院に来る患者さんは
認知面では何の問題もなく 頭はしっかりしている人が多い

ゆえに 片麻痺になってしまって

上手く歩けない 移動に時間がかかる

麻痺した手が 不自然な格好になってしまうので 恥ずかしい

家事など一人で出来ないので
介護者の手を煩わせる

などが ずど~~んとのしかかり

落ち込んでしまったり 
何のために生きているのかって 
自問している人が多いです

そんな人の話を傾聴し

時には
色んな価値観があること いろんな生き方があること

をお話しさせてもらって
その人の 心を少しでも暖かくするお手伝いも
仕事だと 思ってますが


こう言われました

頭がしっかりしているって 悲しいよね
こんな格好で 人の世話になって 生きていかなくちゃいけない

こんなんだったら 認知症になったほうが
ましだったわ

認知症になれば なんにもわからなくなって 
自分の病気のことも分からなくなって 逆に幸せだよね
 


その患者さんが 周りの人に 同意を求めるようにこう言うと

同じテーブルにいた 数名の人が
うんうんと 頷いていました

いやあ~ ポジティブ かんなさんでも
ちょっときっついわ~


いつもなら その人を元気付けるようなことを
言うのだけど 

今回は 無言でスルーさせていただきました

ちなみに 皆さん 
かんなが 認知症の母を介護していることは
よくご存知です

確かに 頭がしっかりしている分

羞恥心とか 自尊心 この先のことを考えてしまって絶望感
なども あるでしょう

でも だから 認知症のほうがよかったって・・・

認知症は なんにも分からないって・・・

もし それが本当だったら

認知症の人 もっと幸せそうな顔をしていると
思いませんか

もっと 幸せに暮らしていると思いませんか


問題行動 陽性症状 といわれるもの

認知症の人にも 気持ちがあるからこそ
周りに上手く適応できなくて
起こってくることですよね

それに そういう時期を通り越して
ふじこちゃんみたいな状態になっても

きちんと 心はあって
きっと 色々分かっているんだよ
 

かんなは声を大にして 言いたい!!


もう言葉を言えない母ふじこちゃん

話掛けにも 反応がないことが多いふじこちゃん

能面のように 無表情なときもあるふじこちゃん

しかし

ふじこちゃんをよくよく見ていると

それでも 
頷いてくれたときの 大きさで
乗り気のときと そうでないときの違いがあります

ずんずん 近寄りすぎな相手には
目をつぶってしまいます

穏やかな表情で たま~に 

ええがねー という時があれば

なんか 深い悩みを抱えているかのように
眉間にしわがよっているときもあります

動かなくなった体 理解できなくなった頭

であっても

快 不快 は あるし
それ以上の 嬉しい 楽しい 困った 不安だ なんていう
感情は しっかりあると思います

そして 心の奥では 
色々思いながら 生きているんではないかな と
かんなは 思います


ふじこちゃんが 食事のとき 
口を開かないときが あります

うとうとしているのではなく
しっかり 覚醒はしているのに
全く口をあけてくれないのです

この間 夜中に粗相をしてしまった 次の日もそうでした

朝 全く口を開かなくて
何とかみかん 2,3房 口に押し込み
デイに送り出しました

デイでも 3割ぐらいしか食べませんでした

せっかく 認知症外来に行って
お薬が変わり 調子が良かったのに・・・です

かんなは 
もしかしてふじこちゃん
昨夜の惨劇を気にしているんじゃないかと・・・

心の中では 

すまんねえ あんたにこんな迷惑かけて・・・

って 普通の人なら思うよね

そして その気持ちさえ 表せれないふじこちゃん



・・・もう生きとっても しょうがないなあ

なんて 思ってやしないよね!! ふじこちゃん!!


まさか・・・とも思うよね

でも 眉間にしわを寄せて
かたくなな表情を見せているふじこちゃんの 心の奥は
そんな風かもしれない

時々 ふっと口をつぐんで食べなくなるとき

もちろん 食欲がないのかもしれない
体調が悪いのかもしれない

でも こういうとき いつもかんなは ふじこちゃんに話しかける

ふじこちゃーん 食べないと 死んじゃうよ~
昨日の粗相のことだったら 気にしないでいいよー

誰だって 年とったら人の世話になるんだもん
迷惑かもなんて 思わんでいいからね!!

ふじこちゃ~ん まだまだ食べて生きるんだよー
もうちょっと 一緒に暮らしたいからさ
食べてくれないほうが 迷惑なんだよ~~~


結構 しつこく 言います 

しかし その甲斐あってか
この後 食べてくれるようになったんです

こういうことは 今までに 何度もあります

この言葉そのものが どこまで
本当にふじこちゃんの心に届いているかは 

正直 分からない と思う人も多いと思います

まあ かんなは 
スピリチュアルな考えが あることもあって
届いていると 心底信じています


しかし 固かった表情が
スキンシップや 声かけで 柔らかくなることは
事実です

身体の麻痺と 認知症 
どちらが マシか なんていうつもりは
毛頭ありません 
(介護者にとっては 認知症のほうが大変な気がするけど・・・)

どちらになっても 
それぞれの 苦しみ 悲しみが ある ということです

それぞれに 課題があって
それと 向かい合っていくしかありません

他の人をうらやみ 自分から落ち込んでいくより

そういう自分でも 何が出来るのか

何か役割があるからこそ 生きているんだと思うんだけどな~

家族に 生きるとは 老いるとはどういうことかを
示す 人生の大先輩

今までの 生活の知恵や 培った経験を
若い人たちに伝えることも出来る

無償の愛情を 子どもや孫に与えることも出来る

介護されて 感謝 という気持ちを
周りの人に広げることも出来る

不自由な体でも 出来ることがある ということを
実践することが出来る

ちゃんと 娘 息子 孫たちは 
そんな 姿を心に焼き付けていますよ


ということで

ちょっと 熱く語ってしまいました 


読んで下さり 本当にありがとうございます 

元気の素になります

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コメント

全くその通りです。

何もかもその通りです。
そしてまだまだ現実は「認知症になったら何もわからない=楽」という考えを口にされる方はおられますね。
悪気は無いと思います。知らなければ、先人の古い考えをそのまま受け継いでそうなるのでしょう。それとどうしても、メディア・マスコミその他もろもろ、認知症を取り上げる時は、強く症状が出ている人の方が、取り上げやすいので極端なイメージがつくのかもしれません。
あるお婆さん。便器に手を入れて、「(お風呂と勘違いして)冷たいっ!!」と怒るほど混乱している人が、次の瞬間には「こんなになってしまって、みんなに迷惑かけて、死んだ方がまし~」と言ったりもします。
その方と一緒に、皆で旅行に行ったら、雑魚寝の部屋で母親の顔になって、男性職員のために布団を敷き始めたりもします。
大浴場では大暴れして、浴場から出て来た他のお客さんが、「ああなってしまったらおしまいね。若い頃の行いのせいね」などと言っているのを聞き、「全然関係ない…」と悔しい思いもしました。
もっと多くの方が、認知症というものに関して、理解してくれたら嬉しいですね。

本当に、そのとおりですね、拍手100回おくりたい気持です。
高齢者(特に親)は、自身を通じて私たちに、いろいろな真実や今まで未知だったことをおしえてくれていますね。
うちの母はレビーなので、わかっていることも多くて、それが大変だな・・と思う時も多いですが、それをプラスと考えて、穏やかに対処しないと・・
認知症自体のもっと深い知識や思いを経験のない人たちにも啓蒙しなければいけませんね。

認知症でも、絶対わかってます。
母を見てて思います
そして、うちの母みたいに、全く動けなくて、カラダが固まって、胃ろうでも、話せなくても根っ子は母のままな気がします。
人によって、反応も違う。

だから、家族は介護するし、大事なんだと思います。

そーいえば、今日ラジオで、辛い辛いと思っても、時間は流れていく、だったら、辛くても楽しいこと見つけて生きた方が良いじゃないか。みたいなこと言ってました。
かんなさんの文章とかぶりました。



















皆様が書かれているように、本人は分かっていて、辛いのだと思います。母も、亡き父や母に助けを求めている事もあります。母とは、たわいもない事も含め、コミュニケーションが難しくなりました。でも、親としての本質は変わらない、本当にそう思います。この進行性の難病を、この〜と思います!

Re: みどりさん

みどりさん、こんにちは。ありがとうございます。

確かに私も、母を介護する前までは重度になったら、目を開いていても何もわからなくなっちゃうんだろうと、
思っていたところもあります。でも、いくら重度になっても闇雲ではない反応があるし、深い感情があるのだということが、見に染みて今分かります。

ここまでのことは、経験者にしか実感できないのかもしれないけど、でも、本当にそういうことを啓蒙してほしいなあと思いますね。

Re: 北川なつさん

北川なつさん、はじめまして、こんにちは!
訪問&コメントありがとうございます。

本当に、知らない人は悪気はないんだろうけど、今回は堪えました。

世の中はやっと、認知症が身近な病気である、陽性症状というものがある、ということが理解されたレベルなのかなと思います。認知症になったら、施設に入れればよいって言う人もいます。

初期から末期まで様々な状態があるけど、感情はあるし、実はもっと深いところでも、感じていることがあるというようなことが理解されるには、まだまだなのかなあと思います。
そこまで行くには、もっと皆が心とか命というものを考えるようにならないと難しいのかも。と思います。
本当に、そういうことを講演会とかでやってほしいけど、お医者さんじゃ難しいですね!!
介護者が語り広める場があれば、どんどん伝えて行きたいのになあって思います。

Re: みやさん

みやさん、こんにちは!

そうですよ、動けなくても心はお母様のままですよね!!

そしておっしゃるとおり、母もこちらのことを分かっている、感じているからこそ、
大切にしたいと思うんですよね。

そうして愛をもって接して、母が幸せを感じてくれたらなあと思います。
分からなくて幸せ、なんじゃなくて、分かるからこそ幸せっていうのを感じてほしいです。

Re: とおるさん

とおるさん、はじめまして。
ブログに訪問&コメントありがとうございます。

お母様も認知症が進んでみえてるんですね。
苦しいときもあるかと思いますが、穏やかにぼちぼち頑張って下さいね。

行動や言葉は、認知症ならではの症状が出てしまうけど、
きっとその身体の奥では、いろんなことを感じたり不安があったり、ありがとうと思っていたり、
しているんだと思います。心根はきっと元気な頃のままですよね。

認知症、本当に不可思議な病気ですね・・・

Re: かんなさん

かんなさん、はじめまして。お返事ありがとうございます。本人も辛いというのはその通りで、死にたいと言われた時は、気持ちが落ち着くまで放っておきましたが、それなりにショックでした。また、本質は変わらないという事に気づくまで、私自身時間がかかりました。家族ならではの無遠慮さで、がんばりたいと思います^_^

障害のある方も、それを受容するまでには本人しか分からない辛さがあるでしょうね。

皆さん書かれてますが、全て忘れる、分からなくなる訳ではないですし、感情はあります。
忘れて行く事の怖さはどれ程のものかと。
身近で見てきた者には多少なりとも感じれますけど、世間一般にまだまだ知られてないもどかしさがありますね。

Re: とおるさん

認知症の人にも感情があり、本質が変わらないからこそ、遠慮しないで本音をぶつけてよいと思うんですね。
不安にさせちゃうのは逆効果だと思うけど。
家族だから出来ること、ありますよね!
とおるさんの心身が参らない程度に頑張って下さいね。

Re: hajime さん

hajimeさん、こんにちは!

本人しか分からないつらさ、そうその患者さんはよくそう言うんですよ。
もちろんそうだと思うんです。だからこそ、認知症なら幸せって・・・?
認知症にしか分からないつらさ、想像しないのかなあって思ってしまいました。

認知症の心理ってところを誰かお偉いさん、啓蒙してくれないかなあ?!

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