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母をふじこちゃんと呼ぶわけ。 

夕べ 3泊4日のショートから 母が帰ってきました

長めのショートの後は 色々心配するけど
今回は調子もよく 食欲も8割程度あったそうです

今までは ショートの迎えは 夕食を食べ終わった7時に行ってました

少しでも 自分の負担を減らしたかったし
ショートの食事のほうが かんなが作るのより
きっとおいしそうだし

しかし 

日が落ちるのも早くなり 寒くなってきて

その時間に帰宅して 車椅子へ移乗させ
スロープの出し入れをして 部屋に入る っていうのは

今の母にとっては 酷なことのような 気がしました

また
食後に 吐き戻しも時々あり

食後すぐの移動や 車に揺られることも
よくないだろうし

車の中で吐かれるのは 勘弁だし 

ということで
今回から 夕方 迎えに行くことにしました

今までは 
正直 自分の都合が 一番でした

介護で 自分を犠牲にしたくないし

手抜き介護で大いに結構 と思ってきたし

きめ細やかな介護が出来ないのも 
母には 申し訳ないが
誰のせいでもない 

と 割り切ってきたけど

命を 委ねられているような状態の今
そんなことを言ってられないし

出来るだけ 母のことを考えたい
と思うように なりました

去年の今頃は 

ショートが月半分以上 
後はデイ利用で 
母の在宅日は 一ヶ月に3、4日といったところだったけど

今は 
3泊より長いショートは やはり体調が気になるのでやめたり

定期的な往診を頼んだので 水曜日は必ず在宅日になりました


他の 介護されている皆さんは
もっともっと 自宅でみている方が ほとんどでしょうが

かんなには なかなか 以前より 負担が増えちゃって
疲れ気味なんです・・・

それでも 

母と 一緒に居たい

という 気持ちが増しているのも 事実です


一年前まではさ~

他人の悪口 異食 夜中の徘徊 
オンパレードで 

こんな気持ちに なるとは思ってなかったんだけどね



今の母は 

車椅子上で 右手足を すこし動かすけど
その動く手で 未だに異食をしたりするけど

座位も傾いちゃうし
自分の力で 他のことは 何も出来ない

発する言葉は
2,3音ならば オウム返しで言えるけど
長い単語は 言えない

自分から言う言葉は

いかんがねー(だめだめ) 
いいがねー (いいよね・いいねえ)
うんうん

くらい

何を聞いても 全てに うん うん

長谷川式テストは 当たり前に 0点です



こんな状態で

母の心の中は どうなっているんだろうな ってよく考えます

聞いてみても

かんなの顔も 分からないし 
自分の名前さえも 分かっていない
自分の病気のことも 分からない

認知症でも 時々 回線がつながって
名前を呼んだり 
場に合ったことを話し出したりするっていうけど

そういう状態になるときは
母に関しては 全然ありません

 
そんな母が 反応を見せるときは

歌を 聴いたとき
目を見て 優しく話しかけたとき
動物や小さな子どもを 見たとき

そんな時

穏やかな笑顔になり
メロディを 口ずさんだり
少しだけ 声を出して 笑ったり
うんうん うんうん と頷いたりします

逆に

誰も母に 話しかける人がいなくて
一人にされていたり

夜中に ベッドで目を開けているときは

何だか 怪訝な顔をしていたり
キョロキョロ不安な顔をしていたり

まるで 1,2歳の幼子のようです 


かんなは 母はきっと 

身体は不自由で動けない
言葉もうまく しゃべれない
記憶だって ほとんどない

けれども

なんていうのかな その奥にある母の心は
きっと 本当は 分かっていて

かつ

認知症が 重度になればなるほど

幼子のように よりピュアになっていっているような気がする

今までは

病気への焦燥感や イライラ
介護されることへの怒り なんかがあったし

元気な頃は
明るくて 愛情深い母だったけど

病人や障がい者の人に対する 偏見差別や
気に入らない人の悪口が多かったり

頑固者の父との生活に対する 鬱憤や苦悩も
計り知れないものがあったと思う

そんなとばっちりを ときどき受けていた かんな

それで 一人娘なのに 家を出たい なんて思って
遠くに就職してしまった

さらに 母の苦悩は 大きくなったんじゃないかと思う


もしかしたら そんな深い精神ストレスが
脳を萎縮させ 認知症を 発症させたのかもしれないとも 思う

しかし

今の母は なんだか そういうものから 解き放たれて
余分な負の感情は そぎ落とされて

純真無垢な 心になって
だから 穏やかな顔になったような気がするんです 

そんな母を 

かんなは 今は ふじこちゃん と呼びかけます

認知症になって同居を始めた頃は

普通に お母さん って呼んでました

でもだんだん

お母さん っていうと 自分のこととは思わなくて
自分の母親のことだと思うようになって
会話が かみ合わないので

下の名前で ふじこさん と呼ぶようになりました

それもしばらくは良かったのだけど

だんだん それにも反応が少なくなったり

いやいやいや とか言うようになっちゃって

そこで 試しに小さい子を呼ぶみたいに

ふじこちゃん

って呼んでみたら にっこり はい はい って答えてくれるようになったんです

そして ふじこちゃん よく頑張ったね~

とか いっぱい食べて えらかったねえ~


って褒めると とっても嬉しそうに 

いいがね いいがね いいがねえ~

なんて 言うんです

 
今の母は 本当に 愛おしい かわゆい幼子みたいなので
 
まあ 3人兄弟の下に 生まれた 4番目の子と 思うことにしました  

ここまできたら 3人も4人も 一緒よ~

というわけで

今日は ふじこちゃん 在宅デー
3食トイレつきの ふじこちゃんのお世話を 頑張るよー 



読んで下さり 本当にありがとうございます 



そうそう

この かんなのやり方は 軽度~中等度の もしくは重度でも
プライドが高い人は 逆効果だと思うので・・・
気をつけてください・・・





元気の素になります 

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コメント

自分の名前や家族の事が分からなくなっても感情はありますから、1人や夜中だと不安にもなるでしょうね。
喋りかける人の話し方や表情でも、安心もすれば怖くもなるでしょうし。

そう言えば、ウチの母も祖母を「ハルちゃん」と呼ぶ事ありましたね。

うちはフルネームで呼ぶことが多いかな?(;^_^A アセアセ・・・
だって、名前くらいは覚えておいてほしいし、生まれてこのかた変わってないしさ・・・。
何か最後に「お義父さん」って呼んだ日の事を思い出しました。(T-T) ウルウル

認知症って、段階にもよるだろうけど、忘れていることで不安になってる部分があるんじゃないかと思います。
何が何だかわからないってのは、とっても嫌な気持ちになりますもんね。
そこんとこを何とかしたいと思いつつ・・・修行が足りない鬼嫁ですわ。ヾ(@゜▽゜@)ノあはは

色んな思いがあって、納得できない事、割り切らないといけない事…

かんなさんの思いはきっと“ふじこちゃん”にしっかりと
届いていて、ご主人や子どもさん達もそんなかんなさんの姿を見て、
目いっぱい支えてはるんですね…

人間、全うにさえ生きていれば、きっと側に誰かが寄り添ってくれて、
支えてくれるんだと。
それが人として、どんな肩書きを得るより、どんなにお金持ちになるより、
一番幸せな生き方なんじゃないかなぁって思っています。
家族にそっぽを向かれる程、情けない生き方は無いなって…

かんなさん、なんだか、かなしくなっちゃいました。 本当にかんなさんのブログをよむと、自分がお母さんにしてきたことと似てて涙が止まらなくなってしまいます。長谷川式が当たり前に0点ってのも、泣けました・・・。 できるわけないのに、テストされた日のことを思い出しました・・・。

私も、お母さんのこと、名前で読んだりしていました。 私の場合、半々でしたね。

かんなさんが、ふじこちゃんとの時間大切にしてるのが、ほんっとうにうらやましい。私は、もう絶対にやってあげられないから・・・。 今この時を、大切にしてくださいね。

Re: hajime さん

大人の私たちが不安になるのとは、ちょっと違った、本当に小さい子が不安になるみたいなしぐさや表情なんですよね。ほっとするときや笑うときの感じもそう。
だから、こういう状態ならば、小さい子の様に接したほうがいいんじゃないのかな、と思います。

Re: こらいおんさん

おお、G様も「お義父さん」って呼ばれてたときがあったんですね。(当たり前か)
何だか想像つかなくて(笑)
分からないことで不安っていうのは、どんな認知症の人もきっとありますよね。
それがイライラになったり、変な行動になったり・・・
うちの母は、そこからもっと進んで、なんか快不快とか、目の前のことで不安そうだったり安心したり、って感じなんですよ。
G様は、こらいおんさんのお顔みると安心してるみたいですね~。
十分、良いお嫁さんです!

Re: おかんさん

おかんさん、ありがとう・・・

私も実は、ふじこちゃんは認知症になって、他人から見たら不幸だろうけど、
こんな優しい娘に介護されて(えへっ)、楽しい孫に囲まれて、
デイやショートでも、良い人の縁に恵まれて、幸せ者じゃないかなあなんて、
思いますね。
健康なころの母なら、認知症なんて不幸だって思っていたと思うけど、
今、自分がその病気になってしまったことは、悲しいことだけど、
その中にも幸せがあるんだなあって、思ってくれていたら嬉しいです。

本当に、寄り添うのが家族、でもせっかく寄り添おうとしても、自分中心で、
その幸せなに気づかない本人たち・・・
まあ、うちの父も、亡くなる直前までそんな感じだったし、
私の周りにもそんな人います。
いつかどこかで、気づいてくれる日が来てほしいと思いますね。

Re: mana-p さん

mana-pさん、泣かしてしまいました・・・

でも私も、悲しいけど幸せなんですよ。
こうして母と一緒に住めて、恩返ししている気分で。

mana-pさん、私以上にいっぱいいっぱいお母さんに愛をあげていましたよ。
私なんて、もっといい加減なこと多いですよ、書いてないだけで?!
今日も私が疲れたので、服のまま寝かしちゃいましたよi-235
料理もいい加減だったり、ご飯の時間もすごくずれちゃったりするし。

mana-pさんがどんだけお母さんのことを思ってやってきて、
お母さんもきっとそれを感じていたこと。
だんだん、心底実感できるようになって来ました。
mana-pさんは私の師匠みたいなもんですよ!!

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