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伯母の訃報。 

父の故郷の大分から 伯母の訃報が届きました

父は 八人兄弟の末っ子で
一番上の姉とは 親子ほども年が違います

今回亡くなった伯母は 父のひとつ上の姉で
兄弟の中でも 一番慕っていたお姉さんでした

兄弟みな 仲が良くて
よく 健在な兄弟とその配偶者で
年に一度 旅行していました

父と母も 愛知から参加してました
父は 張り切って計画を立てたりして
嬉しそうだったな・・・


しかし これでひとりのお姉さんを残して
皆 天に召されてしまいました・・・

まあ 皆さん そういう年頃で 時の流れということですが・・・

だんだんと 父の実家との縁も
薄くなってしまいました


伯母とは かんなが小さい頃は 数年に一度
両親とともに大分に帰っていて 
おうちに泊まらせてもらったこともあります
 
最後に会ったのは かんなの結婚式のときでした
だから 15,6年前・・・

でも たまに電話をくれていて

特に 父と同居が始まってからは
とっとこ一家のこと かんなの体調などを気遣う電話を
何度もくれました

父が どんどん偏屈になり 
かんなの悪口を 親戚中に言いふらしていたときも

真実をちゃんと見抜いて
父に説教してくれたり

かんなちゃん 気にしないでいいよ
あれは 病気が言わせているんだから


なんて 言ってくれました


すごく物事を分かっていて そして優しい人でした

いつも 伯母と話すと 救われました

本当に 感謝の思いで今も いっぱいです

そして どうしてあんなに元気だった人が・・・
と 涙ぐんでしまいます



伯母は 前日の夜までどこも悪くなく

次の朝 娘さんが寝室を覗いたら

ベッドの下で 冷たくなっていたそうです


娘さんは 電話口で泣いていました
心中察するに余りあります・・・

娘さんは かんなと同じ 一人っ子です・・・

かんなより 一回り以上年齢は離れているけど
伯母も もう80歳半ばだけど

いつまでも 母であり娘であり

特に 一人娘っていうのは
母がいなくなる というのは
身を引き裂かれる思いだ

寂しさ 悲しさを共有できる 兄弟もいない

かんなも もし 母が死んでしまったら・・・

途方もない悲しみに 暮れそうだ

重度の認知症の母の介護を3年以上
いつ何があっても おかしくはない と
覚悟を決めているけど・・・

伯母は まったく家族の手を煩わせることなく
逝ってしまった

それは 一見 
介護も必要としない
介護される本人の葛藤もない

よく 元気な人は言う

ずっと元気で ある日ぽっくり逝きたいねえ

って


でも それってどうなのかな とも思う

突然のこと過ぎて
残された家族の心は いかほどかと思う

娘さんは言いました

どんな状態でも 生きていてほしかった
そばにいてくれるだけでよかった
かんなちゃん 
どうかお母さんを大切にしてね




一足先に 天国にいるであろう うちの父と
その半年前に亡くなられている 伯母の旦那さん

どうか 伯母を迎えに来てあげてね

伯母さん 
生前は色々ありがとう

天国で安らかにね


合掌



読んで下さり 本当にありがとうございます 

元気の素になります

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奇跡の涙 

オークションショックから まだあまり立ち直れていない かんなです

今日は めめっちの 保育園の遠足でした

お弁当を作るのは 毎度の事なんで あんまり苦にならないけど
うちの園には 遠足の弁当の中に お手紙を入れる という 伝統 があって・・・

朝の支度の忙しいときに まだ書いてなかったことに気づく ∑(; ̄□ ̄A アセアセ

大体 まだひらがなが ちょびっとしか読めないので 文よりも 絵がメインなんだけど

寝起きの旦那に 

ねえ まめゴマとか アンパンマンとか書いて 
あとは いっぱい遊んでね とか 頑張って歩いてね とか 書いといてー

と 頼む

しかし 出来上がったのを見て 唖然とした かんな
そこで 付け足してみたけどさー

センスも画力も 丁寧さもない うちら夫婦の作品
PA200028.jpg
枠の点線と おにぎりやウインナー リュックは 最初からプリントされているので
問題は中身です!!

意味不明キャラだし

おっくんに 見せたら

愛情がない めめっち かわいそーー

と言われた・・・

確かに・・・ 
ももっちやおっくんのときは
アンパンマン 体まで書いた
トトロとか 絵本見て 下書きして書いた
綺麗な色を塗った・・・

これが 3人目育児の実態
いやあ 介護に忙しいので・・・ と言い訳

ちなみに 年中さん まだ字が読めないので
先生が 手紙を広げて 代読してくれます

3人目ともなると 親も図太くなって 先生に見られようとも
なんとも思わなくなるのよ



さて 今日は 父の事を書かなくては

先週で 抗生物質の点滴も終わり 熱も下がり むくみも取れ
ちょっと 一安心です

しかし 食欲がないため 今は果物一品 毎日差し入れをしている
家から近いし 介助や手伝うことも特にないのだけど

認知症の母を連れて 毎日っていうのは
なかなか骨が折れるんだなー



そんな父に ちょっとした奇跡が ありました

それは 泊りがけで 知り合いのおば様が見舞いに来てくれた時のこと

そのときの父は 熱が出たり下がったり
起き上がれなくなっていて
点滴漬けで 

もしかしたら もうやばいかもって いう感じが 漂っていて
自分も 感じてたと思うんだよね

だから だいぶ しおらしく 元気もなくなっていたんだけど

なのに

かんな夫婦が 同席していなかったことをいいことに
また 色々 うちらに対する不平不満を つらつらと言ったり
看護師や リハスタッフの悪口を 言ったりしてたそうな

そして 

本当は退院できたのに かんながこんなところに入れやがった

って 言ってたらしい

そのあと おば様は 
父をたしなめてくれたみたいなんだけどね

これを聞いたとき 
もう父とは なんも会話しない なんも関係ないって思っていたが
やっぱ 腹立つんだよねー
本当に 自分勝手なとんちんかん親父じゃーーー!!!


思い返せば

左足切断したのも かんなが早く 迎えに来なかったせい
そして 医者に 切ってくれといったのは かんなだ
母さんが 悪くなったのも かんなの家に来てからだ
俺は 何も間食しちゃいない でたらめ言うな
かんなが通帳を泥棒したんだろう
施設は 一千万するで 入らん

みーーんな 濡れ衣で みーーんな でたらめ
親戚や 職員に もっともらしく 話してて

引っ叩かれたり 引っ掻かれたりしたし

一言も 謝ってもらったことないし


そこまで かんなの事 嫌ってて 迷惑だって言うんだったら
もう本当に なんも知らん

母だって 何とか連れてきてるの もう辞めたるし
果物だって 持って来たらん

孫たちにも どうしようもない おじじ と思われながら
あの世に 旅だって行けーーーーー!!!

と 吼えていた かんなですが

まあ 真相を確かめるべく 
次の日 父に 久々に 突撃したのでありました

怒り口調で言うと それ以上に切れてくることは 学習済み

点滴につながれ 起き上がれない父には
追い討ちをかけてしまううかとも思ったが


お父さん 今日は 怒らないで 話がしたいの

今までね 
お父さんがどこか悪くなるたび いい先生がいるところ必死に探してね

何とか見てもらえるようにしてね 
お父さんに良かれと思って かんなも旦那も 一生懸命やってきたんだけどね

それって お父さんにとっては 迷惑だった?
マイナスになってた?

もしそうなら もう何も かんなもやらないけど それでもよい?
世話されるのも 嫌だよね きっと




するとね 仰向けに寝たまま
しばし空を見つめた後 こう言った

・・・マイナスなんてことは ないわー・・・
初めのころは いい加減にしろって 思っとったけどなあ

・・・もう俺も 心を入れ替えたで


ええええーーーーーーっ!!!ホントーーー????

にわかには 信じがたかったけど

確かに 今は 口がへの字に曲がったような偏屈顔じゃあない
穏やかな目をしている

100% 心入れ替えたかっていうと
そんなのは 信じないけど
弱ってきて 危機感感じて なんか 反省モードに 突入してきたのかも 

うそか誠か わからないけど
とにかく そんな風に言った 父をはじめて見た

本当
だったら 周りの人たちに 悪くばっかり言わないで
良いことだって 時には言ってよ

親にね 悪く言われるのって 本当に悲しいんだよ


何も言わず ただ黙って聞いていた父


そして 父が 少しでも歩み寄る気があるのなら
こちらも 同じくらい 歩み寄ろうかな と思い

ねえ じゃあこれから 穏やかになって 周りの幸せを感じてよ

お母さんが こうして歩いて会いに来れること
孫たちが すくすく大きくなっていくこと とか

それに 変に突っ張らないで 世話になるなあって思ってくれたら

かんなだって たまには 外出して
ドライブに行ってあげようかなって思えたり

おいしいもん食べに連れて行ってあげようかなって思うんだよ



言いながら 何気なく父の眼を見たら・・・





寝ていて 天井を向いていた 父の右の瞳が
涙で濡れていたのです

そして つつつーーっと頬を伝って 一滴落ちたのです



もしかして 眼にごみが入ったのかもしれない
結膜炎かなにかで 勝手に涙が出たのかも しれない



それでも 奇跡の涙と 思いました

少しは 少しは 分かってくれたんじゃないか と 感じた


頑固でわがままな人が 良い人になったら 死ぬ間際だって いうけど

それでもいい

周りの人の 優しさに気づかず
周りの人を傷つけて 長生きなんかするよりも


なにかにひとつでも 気が付いてくれたのなら 嬉しいよ・・・
 

その後 今に至る一週間ほど

父の表情は 以前よりも穏やかで

孫に優しく話しかけたり
母にも 怒ったりしてない

かんなたちが 帰るときには ありがとね と言うように

やっとやっと
ここまで来て 自分を振り返り 穏やかに生きる道を 選んだかー







さあ でも 
身体がだんだん 元気になってきましたよ

今までも しんどかったときには しおらしく

元気になると 威張りだす

そんな繰り返しだったから

父の事 正直 信用はまだできない


ここが 運命の分かれ道だよ お父さん
反省と 感謝を持って生きていくのか

また 元の木阿弥で 自己中親父に 戻るのか



だんだん だんだん
職員に対する文句が 復活してきましたよ~
そのくらいで 止めておけよー


まだまだ まだまだ
父の修行の道は 続くのでありました





読んで下さり 本当に ありがとうございます



元気の素になります  
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恐るべし ソトズラ良し親父 

ついに ついに ついにーー

旦那の 土日出勤が 終わったーーー

あ 別に 旦那がいなくて 寂しかった というわけでは ありません

土・日の 戦闘要員が 戻ってきた!!ということ と
7時過ぎに出勤する旦那のために 早起きしなくてもよくなった

ってことで
ほっとしているんだよね

まあ 今までも 週末は 母をショートに行かせてたので
ラクではあったのだけど 

たまった洗濯や 掃除や 買出しや 子どもの相手やら で
忙しかったのが これで半減する

そして 
かんなの仕事休みの日に 母もデイお休み 
という 毎週末ショートのつけが  
やっと 解除される

嬉しい嬉しい 水曜日

あ~ 丸一日 ごろごろして過ごしたいな



さて
先日 空き家の実家に 旦那と二人で 行って来た

月1回は 空気の入れ替え 伸びた庭木や雑草の手入れに行くのだけど
今回はそれに加えて

ガスを止める
ケーブルテレビの チューナーのカード交換に立ち会う
そして 
いらんモノを ドシドシ 捨てるべし

という 目的もあった



そうなんですねえ
水道 ガス 電気 何にも止めてません
ケーブルテレビのパック料金も 父の口座から 引き落としのまんま
食器棚の調味料や 乾物も そのまんま

以前 固定電話を 休止して 事後報告したら
気が狂ったように怒っておった 父

その他のものも 絶対 勝手にやるなーーーっ

と吼えていたけど もうここまで来て さすがにいいでしょって感じ

もちろん 父に相談 なし

もう 悟りを開いたかんな

今までは 

父が 退院したり外出して 実家に連れてけって言った時
勝手に 家の中 触ってあると ど怒るからな~

とか
考えて 何も手付かずだったけど

もう 怒鳴られたって いいです
めちゃくちゃ言われたって いいです

こっちにも 替わりに管理しているという 正当な理由がある

そして いつ帰れるか もう分からない 父のために
気を使っているこたあ ないのだ

ということで

電気も水道も 休止しようかと思ったが
こうやって たまに来たときに
電気や水が使えないのは 痛いし

ケーブルテレビ やめちゃうと
子ども連れてきたときの 時間つぶしがないので

ガスだけ 止めてもらった




それにしても 

いつも ありがとうの あの字も出ない父なので
以前 
かんなが 忙しい中 やってやってんじゃん!!

と言ったら 

まあ やらんでいいわ!! シルバー(人材センター)に 頼むで
   ← 以前ここで働いていて 代表みたいなことやっていたので
     今でもシルバーの人は 言うこと聞いてくれる らしい・・・

と来た 
本当に なんでかな

ありがとな っていう 心を持ってほしいだけなのに

そして 本当に
病院から携帯電話で頼み
猫の額ほどの 庭木を まあるく切りそろえてもらっていた

切りそろえたって またすぐ伸びるじゃん
どうせなら 引っこ抜けよーー

そして その請求書は かんな家に来るだとさ



で 

家の中 に 入ったら・・・

強烈な カビ臭 

今年の梅雨は かびも生えずに 乗り越えたと思ったのに
8月のときは なんともなかったのに

台風や 雨の日が多かったせいかも・・・

壁や柱を よく見ると
うっすら 緑色の粉のようなものに 覆われている

ハンガー掛けに 掛けてある 
父のジャンバーや スラックスにも いっぱい付いている

キッチンの椅子の背もたれなど
手垢が付いていそうなところにも びっしり 奴が生えている

キッチンには 父がじゅうたんを敷いていて
それに 真っ黒いしみが あちこちに増えている



あああーーーーー やだやだやだーーーー
なんじゃこりゃーーーー


カビ掃除は 今やっても また増殖するかもしれないので
ほっときました

それより 残ってた調味料などの食品類を
全部ぽいっ

そして 階段下の 押入れに 手をつけた

すると
出るわ出るわ

紐でしっかり縛り上げた 陶器の箱類
旅館の歯ブラシや かみそりや ヘアキャップ

新聞店などからもらう 小物類

ポーチや旅行かばん リュックサックには
旅行で持っていった下着やタオルがそのまんま

ご祝儀袋の綺麗な水引とか リボン 包装紙 

よくもまー 貯めましたねー

そしてそれらを 箱や袋にいれ
ご丁寧に ビニルテープで縛ってあるのだ

何でもポイポイしまっていたのは 母
だけどそれを 懇切丁寧に 二度と開けれないぐらいに
かちんこちんに結んでたのは 父

買ってきたり もらってきたら
そのときに 使う場所に置けばいいのに

一年に一回とは言わないから
数年に一回は 押入れ覗いて 整頓すればよいのになー


この年代の人は 子どものころ
戦後で ものがなかったから もったいない精神が強いのか

それとも 何でもこのしまいこむ行動って
もしや 認知症が始まっていた

そんな風に考えさせられるほどの 量でした

ちなみに ゴミ袋7,8袋
我が家で使えそうなものゲット 2袋


そして 帰りに
シルバー人材センターの事務所に寄って
あえて お礼を言っといた

そこの主任さん

お父さんと 電話でしゃべったけど
とっても元気そうだったねー

あと2ヶ月ぐらいで 退院するって 言ってたよ~

今は看護婦をからかってやってて それが楽しみだって
俺は問題児になっているがや~って 笑っててね

また こっちに戻ってきたら
ここに寄って顔を見せて って言ったら

おう そのうち行くわーって 言っとったがねーー




はあ どんだけ 本気なんでしょうか

でも 自分が問題児だって自覚はあるんだ
大発見

まあ 

主任さんには 

口は元気ですが 体はぼろぼろです
歩けないし トイレも行けないし 我が家にも帰ってこれない状態です

なのに 隠れ食いとかしていて
この先 どうなっていくかわからない状態です


って 軽く 父の本性をばらして 帰ってきた



みんな 息を飲んでたな~
意地悪かんな かな~

っていうか
社会生活の中では その人格 ばれんかったんかーーーい

恐るべし ソトヅラ良し親父





読んで下さり 本当に ありがとうございます


ふふふふふ
明日 って言っても もう今日

エスパルス VS グランパス 

アウスタ 遠征よ

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介護者と、要介護者と、非介護者(本編)  

夏期休暇以来久々に 旦那と 休みの日が 同じになり

母もショートでいないし

今日は久々 昼間もゆっくり寝ていた かんなです




なぜ 父が かんなの家に 退院したいと言ったのか

前記事の続きに なります

父は 左足を糖尿病性壊疽で 去年4月に切断する前までは
実家で暮らしてた

それ以前から 認知症だった母は 
我が家と 実家の父のもとを 言ったり来たり

でも 父と母の二人暮らしは ぐちゃぐちゃになり
かんなが 二人を呼び寄せようとしたが

そんなところに行けるか!!

と父が ぶち切れたため
母だけ我が家に引越し 週末父のもとに帰るという 生活が始まった

と思ったら すぐに切断

今後は もういくらなんでも 車椅子の父一人で実家では暮らせないので
半年の入院期間を経て 父は 我が家に来ることになったのだった

その頃の 我が家での父の様子は

2010年の10月から11年の1月ごろの記事を 見てくださいな(^人^)


まあとにかく

隠れ食いなどの問題行動ありありで

注意すると ぶち切れ 暴言 孫にも怒り
かんなとの 取っ組み合いも・・・

そして 毎度毎度

こんなところ 住めんわーーーー!!

誰が こんな風にしたーーー!!  ← 自分の不摂生ですけど

死にたいわーーー!!! ← 食べなかったら死ねるよ と はい 言いましたよ


親戚にも あらぬこと 言いふらして
鬼娘かんな にされていたのだった

そのうち またもや 残された右足のかかとが 糖尿病性壊疽となり
正月明けから 入院治療 
そこは 完治したが 転んで骨折 
そして偽関節になってしまい 治らぬまま
今後どうしますか の病院からの問いに 

あんなに嫌がっていた 我が家に 退院すると 言ったのだった

ちなみに 今現在の父と かんなの関係

用件がない限り 無言 です

父と今後の事を話そうとすると すぐに怒り出すし
日常会話をしようにも 
不平不満だらけで 聞くに堪えれず



さて やっと本題

父のその発言を聞いた その数日後

身内である 近くに住む Mおばさんと 会話を交わした


我が家の状況は もちろん知っていて
時々 父の見舞いにいってくれているらしいことは なんとなく知っていた

そして 
なぜだか父と 相性が合うらしいMおばさん

父も かんなみたいに文句や注意を言ったりしないこの人を
味方みたいに 思っているところがある

父がかんなの家にいた頃 こっそり 色々と父に差し入れをしていたのも この方である

その Mおばさん

お父さん だいぶ調子いいんだってねー
そしたら かんなさんのところに 退院してくるんだよね もちろん

 
なんじゃいな そりゃあ

ええーー 無理無理無理無理ーー
母一人で 大変なんですよ
父が ホントに 心入れ替えているならともかく


すると

えええーっ 無理なの!?


って 心底 驚いた様子

かんなの家の事情だって 知っているはずなのに・・・

お父さん 本当は 心の広い いい人よー
かんなさんの事 いつも思っているのよ 
かんなさんの乗っている車 もう古いから 俺が買い換えてやるって言ってたしねえ


ホントかいな
だったら 直接 かんなに言えよ こらあ

父と 今後の事 何か 話したんですか!?

あ い、いや 別に なんとも


  ・
  ・
  ・

これで かんなには ピンと来てしまった
読者の皆さんには 分かりづらいかもしれないけど

父に この Mおばさんが 

退院したら お手伝いに行ってあげるからね

とでも 言ったに違いないのだ

旦那にも Mおばさんの事をよく知る人にも話したが
皆 かんなと 意見一致

ちなみに 今までも 色々手伝うわねといったこともあったが

家事が あんまり 得意じゃない人で こちらの思うことはなかなか お願いできず

で 
声かけてくれる割には・・・ な お方なのだ

でも 
あんなに かんなのところには 戻りたくないといっていた父が
ころっと意見を変えたのは 
自分に差し入れしてくれる このお方の おかげ!? と思われる

ちなみに 父からはまだ 

今まで悪かったなあ
とか
これから世話になるなあ
とか 
お前に世話になったで 車買っていいぞ 

という発言は ないよー




とにかく

非介護者には わからない
介護者と 要介護者の 事情があることを
わかって欲しいと思う

本当に 介護の手を差し伸べたいと思うなら

事情を把握した上で
要介護者ではなく
介護者に 手を差し伸べて欲しいのです





読んで下さり 本当に ありがとうございます


元気の素になります  
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介護者と、要介護者と、非介護者(伏線編) 

おはようございます

甚大な被害をもたらした台風が やっと去り 
わが街は 今日は台風一過の晴天となりそうです

まだまだ台風の影響を受けている地域の方
被害にあわれた方の 心中お察しします

うちの市も 避難指示とか出てましたが
とっとこ一家の住む地区は 無事でした

しかし先ほど ベランダを見たら
3~4メートルはあろうかという
屋根の樋隠しの 板金板が 
ひしゃけて 飛んできていました

窓ガラス 突撃とかじゃなくって よかった~


さて 昨日は朝から暴風雨だったので 小学校も保育園も お休み

それでも 
めめっちのアレルギー外来に行こうかな~
だって予約制で 逃すと   次の予約が なかなか取りづらいので・・・

と思っていたら

デイサービスから電話がかかってきて

帰りとか 大変なことになりそうですが どうしますか~

って言われたら なんか 休まなくちゃ行かんのかなーって感じで
休みになってしまいましたあー

ということで
母と子ども3人で 家の中で どたどた過ごしておりました

そういうわけで あーー 疲れた
夜 パソコンやろうと 思ったら また爆睡しちゃった

それで 早朝起きて ブログ更新しているわけなんですが

あああ~~
また 暗闇のリビングで 

すり すり すり すり・・・すり すり すり・・・

がらがらがら  がたん ごとん



と 最近絶好調の 母のうろうろ徘徊の音が 聞こえてます


 


さて 本題 父の今後の件


意を決して 先日 相談員さんのところに 行って来た


そして 我が家で 父を在宅介護することは出来ないこと を 伝えた


理由その1 以前より 父の介護量も 母の介護量も上がっている

      これ以上介護量が増えると かんな 倒れそう
      兄弟もなく 助っ人や代わりが 全くいない
      自分の家族との生活を 大切に守りたい
 
理由その2 あの父と うまくやれる自信がない

理由その3 親戚 知り合いに相談したら 皆やめとけ と言う




娘として色々 考えることはあったけど

やはり 現実的には 無理

事情を知らない周りの人に 何言われようと どう思われようと
かまわない と思った

理由その2 が 実は 引っかかるところなんだけど・・・

もっともっと 
意地悪で 顔を見たくないようなお姑さんや
問題行動多い家族を みている方も いるもんね

そういう人に比べたら どうかと 思っちゃったし

父が かんなのところに 退院するわって 言ったのは
改心したのだったら・・・
家族と過ごす 穏やかな幸せを願っているんだったら・・・
 
って 考えたら 悩んじゃったんだけど

色々 一週間 リサーチしたら 


おいおいおいおい!!

っていう事実が 浮上したので かんなの決意も 定まったのだよん


改心も へったくれもない 親父の 
在宅介護なんて やっていけれーーーん!!!



でも 
じゃあ この先 入れるところがあるのか
ということが とてつもなく心配で

動機がするは 頭痛がしてくるは 手が震えてくるは

おびえながら 相談員さんのところに行って来たのだ



結論から言うと 

今の病院の 回復期リハビリテーション病棟から
もと居た 療養型病棟に 戻れるそうです


はあああ~~~  正直 

C= (-。-*)>ホッ  ですうー 

なんだ そうだったんだーー と気が抜けた

実は もう父には 治療がないため退院しなくてはならない と聞いていたんだが

頻回な血糖測定と 頻回なインシュリン注射

というのが 立派な医療行為に入るので
療養型に入院継続可能 だそうだ

なんだ 相談員さん 早く言ってくれよー
夜も寝れんほど このかんなが 悩んじまったじゃないかー

実は
これだけでは なかなか他の病院から 療養型に転院してくるのは
難しいみたいなんだけど

今回は いろんな事情 かんがみて OKにしてくれた

しかし わかったことは

逆に いわゆる介護施設
老健とか 特養も 有料介護老人ホームも

インシュリン注射が あると 入れないところが ほとんどってこと
 
以前決めたケアハウスは 
名古屋に近いこともあって
インシュリンOKな施設だったが

そういうところは数少ないらしい



ということで

結果 今のところ ここの病院が 一番 と言うことを
相談員さんも 分かってくれた


よかったよーーーー




さて  なぜ
父が かんなのところに帰る と言ったのかは

また深い深い わけ?! たくらみ?! があったのだが

その話はまた次回

キャー 仕事に行かなくっちゃ!!





読んで下さり 本当に ありがとうございます
 


ただいま 記事を見直したら 
題名と 内容が 全く つながりを持っていなかったことに
気づきました

題名から 来てくださった方 ごめんなさい
 
今回の話は 題名の伏線となりますので 次記事を覗いてみてください







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